2026年02月28日


一瞬初夏のような陽気になったと思ったら、久しぶりにまとまった雨が降ったり、ちょっと激し目の季節の変わり目です。今年も蕗のとうが顔を出し、クリスマスローズもめでたく花開きました。
モスクワは1月に200年ぶりくらいの降雪量だったのですが、今も2メートルの雪の山が積まれてると聞き、キルギスの在住の人からはビシュケクはマイナス5度で寒いと聞きました。それでももう3月。北半球はだんだんと春に向かっているはずでしょう。

金曜日、ちひろ美術館・東京で3月1日から開催の『てぶくろ』の画家ラチョフと民話絵本の世界展の内覧会に行ってきました。
これから行く方のために詳しい内容をお伝えするのは控えつつ、感想などお伝えします。

まずラチョフに関しては、『てぶくろ』の原画はもちろん、それ以外の様々な作品の原画がたくさん見られて素晴らしいです!
いくら印刷技術が発達しても、原画に勝るものはありません。原画から画家の体温、気持ちが伝わってきます。この物語をどうやって子どもに伝えようか、そのために動物をどう表現しようかか…というその温かくてユーモアもある心、眼差しを原画からダイレクトに感じることができ、ロシア絵本の原画展が久しぶりなのも相まって、私などは感極まるものがありました。
動物民話の原画だけではなく、プリーシヴィン作品やミハイルコフの寓話の挿絵など多様な表現が楽しめたのも良かったです。私はプリーシヴィンの挿絵が好きです。
楽しみだったマーヴリナのいくつかの作品は流石の存在感でしたし、私も頑張らなくちゃと思えるエネルギーを貰いました。
そう、ラチョフからは温もりを、マーヴリナからは熱量を受け取りました。マーヴリナ作品は絵本でさえずっと見入ってしまうのですから、原画のパワー、魅力は圧倒的です。ずっと見ていたい、見るというかずっとそのパワーを浴びていたいと思いました。
個人的にはこれだけでも大満足なのですが、他の民話挿絵の画家のどの原画も(え、この画家の原画が見られるなんて!という作品も)テキストの解釈がそれぞれ個性的で魅力的で、遠くから近くからその世界観を楽しめました。
ソ連時代、厳しい社会的制約がある中で、たくさんの芸術家たちが子どもたちのために、その才能を絵本挿絵に注ぎこみました。私が当時の絵本に魅力を感じるのは、社会主義リアリズムという縛りの中で、自分にできる表現を探り、葛藤を抱えながらも将来を担う子どもたちに渡すという事の重要性を鑑みて、精一杯取り組む姿勢が感じられるからなのだと今展覧会を見てあらためて思うなどしました。

同時開催の「ちひろ いつもとなりにー子どもと動物ー」は、身近な犬や猫をテーマとした作品や、鳥たちを描いた作品たちを見ることができます。
人の目を通した小さき動物の姿のありようは、いたいけで儚さをまとっています。特に取り上げられている鳥や小鳥たちはその際たる存在といえるでしょう。
動物たちという存在は命ある限り、命を全うしようとすることに疑いを持ちませんし、ほぼ生涯ただそのことだけで生きています。ちひろの絵を見ていると、そのことを思い起こさせられて心がきゅっとなります。

そして、ラチョフの動物民話挿絵が説得力を持つのは、その動物が持つ本来の姿をきちんと投影させているからだとあらためて思ったわけです。擬人化されていても野生動物の命のありようが損なわれていないから、そこに何か畏敬の念のようなものを持って対峙させられるところがあるんじゃないかと。
ラチョフ、ちひろ、ふたつの動物表現の展示を通して、そんな事を思いました。
展示にはお話の内容が添えらていますから、面白さに笑ったり、たくさんのロシア民話の世界に浸れますし、何といっても芸術家の息吹感じられる原画を見られる機会は貴重です。ロシア動物民話に関心のある方にはもちろん良い機会ですし、ロシアという国の文化の一端に触れ、知ることは今だからこそ意味があることでもあるでしょう。
私が知る限りにおいて本当に久しぶりのロシア絵本関連の展覧会です。ちひろ美術館が持つアットホームな雰囲気の中で、展示された作品たちはお話の世界を知ってもらおうと張り切って見えましたし、生き生きとした動物たちの話し声が聞こえてくるようでした。いや、聞こえたような気がしました。何があってもどんな事が起こってもお話の世界の中で動物たちは変わらず生き続けているからです。
期間中、バスに乗ってまた何度か足を運びたいと思います。今展覧会の開催に感謝しつつ。

カランダーシでは資料のラチョフ絵本コーナーを作っています。良かったらオープンルームでご覧ください。(直)